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記事No.003 知ってどうなる!3話小ネタ話

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約6分

今日は。鈴木です。
気候もだんだんと春めいてきて季節の移ろいを感じる日々です。
今回の記事更新は奇しくも3月11日ということで、東日本大震災からなんともう10年も経過したということになります。私の主観の中ではあまりにインパクトの強い出来事だったので、あれから10年も過ぎたという事実の方がかえって現実味が薄いのですが、これもまた時の移ろいを感じてしまう出来事でした。

さて、今回の『来迎+α』の記事では3話の小ネタ話をいろいろご紹介してみようと思います。
今回も「知ってどうなる」ものでもありませんが、この記事を読んだうえで再度3話を読んでみると、いろいろと行間を想像する楽しみが生まれるかもしれませんね(正確にはコマ間を想像する、かな?)。

では早速スタートしてみましょう!レッツ・ゴンザレス!!

達雄のベッド脇の棚に飾られていた才の子供時代の写真です。この写真は達雄が柴刺家に使用人として来た最初の日に、才の母親から手渡されたものです。現在の才からは想像できないほど可愛らしい顔立ちなのは置いといて、決して下ネタを連呼しないであろう無垢な瞳であることも置いといて、達雄が持っている才の写真はこれ1枚だけです。12年もの才との暮らしの中で、彼がどんな風貌の青年に成長したのか達雄は全く知りませんでしたが、達雄の心に浮かぶ「才の姿」は12年間ずっとこの姿だったのです。達雄が才をいつまでも子ども扱いしていたのは、才の精神年齢の低さもありますが、毎晩眺め、一人語りかけていたてこの写真のイメージが大きな要因かもしれません…。


まずは左のコマから。この頃の達雄の料理スキルは「食べれりゃ問題ないだろ」レベルでした。栄養バランスに気を使ったりと彼なりの配慮はしていたのですが、自身が極めて貧しい子ども時代を送った経験から、食事というものは『味はともかく長靴一杯食べれれば幸せ(Byアス〇ル)』といった価値観が根底にあり、才の訴えになかなか耳を傾けようとしませんでした。才の方はと言うと、食事が美味しいかまずいかで劇的にQOL(←生活の質)が変わるため、達雄を怒らせない様に気を使いながらも粘り強く食事の改善を訴え続けました。(←この間約2年。)
結局は親心の芽生えた達雄が根負けして、密かに料理の勉強をしだすことになったのですが、いやはや、『親の気持ち子知らず、また子の気持ち親分からず』といったところでしょうか。

次に右のコマ。達雄は才の先生でもあり、自分が教えられる範囲の中からいろいろ教えてあげていました。ちなみに、達雄が教えられない知識に関してはインターネットを活用して自学自習する、という名目で才の部屋にPCが導入されたのです。(達雄は自分が良く知らない類の事を聞かれると、「何でもすぐ人に聞かずに、たまには自分で調べるもんだ!ほれ、エンターネットとかいう奴があるじゃろ。」と言ってそそくさと退散したそうです。)
ところで達雄が論語を教えているのは彼の知的素養が高いからではなく、逆に、彼がちゃんと知っている学問的な知識が論語しかなかったからです。達雄は家庭環境が原因で早くからヤクザの下っ端をしていましたが、その組の事務所にしょっちゅう出入りしていた酒屋のじいさんから口頭で論語を教わりました。正確には、そのじいさんが誰に話すとでもなく語っている昔語りを黙って聞いてるうちに、「論語」を断片的にでも覚えた、という感じです。(やたらと「論語では~…」という人だったらしい。)
人が知識を得ていくというのは、このような「生活における伝承」が本来の姿なのかもしれません。

そして一番重要なことは、達雄の詳しい過去については、マンガワン・『4話のちょい足し』に書かれている、という事です。……どうぞヨロシクお願いいたします!

才の両親の後ろ姿です。才が地下室に引きこもる以前の両親との関係性はまだ語られていませんが、そのエピソードは今後時期が来たら本編で語られる予定です。現時点で言えることは、才の両親は引きこもりの息子の世話を全て人に任せられたり、自分たちが平時使用しない一軒家を東京に持っていたり、そこに巨大な地下室を増築できたりするほどの経済力を持っているという事です。つまり、才はある種の「お坊ちゃん」であったと推測できます。
だから達雄の持っていた写真の才は育ちが良さそうな顔をしていたのですね。(≒今の顔はアホさが丸出しな顔だとも言える。)


「逆読みの構」に関してです。そもそも「~の構え」と言うからには、何か決まった武器の構え方なり、独特の身体技法があるのかと皆さん思っているでしょうが、ここで才が言っている「構え」とは『いつもと頭の使い方を切り替える心構え』という意味で言っています。「逆読みの構」は技を繰り出す際に、本来の技名を逆さ言葉で言わなければなりません。そのためいつも通りの頭の使い方でいると、いざ技を繰り出したときに名前を言い間違えたりかんだりする恐れがあるため、リスクヘッジとして技を出す前に敢えて一呼吸を入れて、頭を切り替える様に自分に言い聞かせているのです。だから「逆読みの構」というのは、要約すれば「今から逆さ言葉でしゃべるから気をつけろよ、俺!」という意味なのです。この「自分に対する一呼吸」を除いたら、他の奥義と何ら変わるところはありません。それでも敢えてこんな技名を付けているところをみると、才がこの技を編み出したであろう時期にいかに暇していたかがうかがわれます。




相手の切っ先が自分の喉を貫くことも意に介さず反撃してきた四ツ手の一撃に、才は不覚を取ってしまいます。これは、才の中で「敵が自分の命を投げうってまで攻撃を仕掛けてくる可能性」を想定していなかったのが原因でしょう。「油断」と言ってしまえばそれだけですが、逆の視点からみると、「何が四ツ手にそこまでさせたのか?」とも言えます。「起死回生の一撃に命を懸ける」シチュエーションであればまだ合理的に理解できますが、この状況で四ツ手は「自分の命を捨てるのを前提にして、相手も道連れにする可能性に賭けた」という行動をとっています。はたして、どんな動機があればここまでの事ができるのか?死ぬ肚を決めてまで彼を突き動かしたものは何だったのか、これは「四ツ手たちの最終的な目的」に関わる重要な点ですので、ぜひ推測しながら今後のエピソードを読んでいただけたらと思います。



3話に関してもまだ多くのネタを突っ込んで描いているのですが、今回はこの辺までとさせていただきます。しかし、いつか達雄の過去エピソードなど描きたいものです。
(ストーリー構成上、そんな隙間があればの話ですが…。)

ともあれ今回も最後まで記事を読んでくださり有難うございました!

では、また次回。


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