30coins / サーティーコインズ(前編) 作 / 鈴木 智
30coinsは2012年2~3月に 月刊!スピリッツ(小学館) に前後編の読み切りとして掲載された作品です。テーマは明確で、「未来永劫許される事のない己の罪に気付いた時、それでも贖罪の人生を生きれるか?」というものです。
このテーマは「ジーザス・クライスト・スーパー・スター」というミュージカル(1971年初演)と、1970年代後半にエジプトで発見された「ユダの福音書」(現在の新約聖書からは外典とされた福音書の一つ)というグノーシス主義の福音書に着想を得たものした。どちらも、現在のキリスト教では「絶対的な悪」とされている【イスカリオテのユダ】を主人公にした物語です。30coinsでも主人公の名前を、家領出(けりょうで)ユウタ(=イス・カリオテ・ユダ)としたのは、ユダの物語であることを暗示するためです。仏教徒的な世界認識を持つ作者からすると、キリスト教世界観の最大の疑問点は『なぜユダだけ救われないのか?』という点でした。果たして「救いの及ばない完全なる悪」が存在するのか?逆に言えば、「ユダでさえ救われなくて果たしてそれが人類の救いと言えるのか?」この問いこそが、この作品の起点でした。そして、許されることのない罪を負った男の贖罪の物語を描き進めるうちに、私は親鸞上人の「悪人正機説」への希望を見出ししたのです。 宮沢賢治が「よだかの星」で鮮明に表現した様に、生きとし生けるものはその自覚の有無を別として「生きていく」というその一点だけで【他者を犠牲にせざるを得ない悪】を背負っています。それ故に、全ての人は根源的にユダであり、キリストを売り渡した30枚の銀貨を握りしめてこの世に生まれてくるのです。であるならば、全てのユダが今生を生きるための僅かな救いがなくしては、人生に希望は無くなってしまう。そんな精神的死活を賭けた物語をどうぞ最後までご堪能ください。