なめくろ館

Open Menu

弘法も筆の誤り

2669 views

弘法も筆の誤り 作 / 鈴木 智

この漫画は鈴木が大学在籍時代(20代前半)に描いたものです。当時、弘法大師空海が大好きで、空海に関する本を読み漁っていたのですが、その中で空海が著した『三教指帰(さんごうしいき)』という文章と出会いました。その三教指帰のある一節に、今の高知県・室戸岬で空海が若き日に修行した時に経験した、彼の人生の転換点となる「神秘体験」が書かれていたのですが、この漫画はそのエピソードをベースに描いたものです。かなりマニアックな仕掛けを施したネタなので、空海に関する知識が多少ないと物語の本意が(多くの場合)分からない、という欠点のある構成なのですが、今読み返すと「本ネタ」が分からなくてもそれなりに面白い内容に思えたので、なめくろ館に掲載することとしました。
なお、このページの末尾に、この漫画の解説を付けますので、詳細が知りたい方はそちらも併せてお読みください(笑)


解説

真言密教の開祖・空海の幼名は佐伯真魚(さえき まお)と言います。真魚は18歳で都(平城京)にある大学に進み、そこで主に儒教や道教を中心とした学問を学びましたが「人間とは何か?」という問いにこれらの学問では満足できず、19歳のころから出世の道を捨て大学を辞めて山岳修行を始めたと言われています。(このころの大学というのは、正式には『大学寮(だいがくりょう)』といい、官僚を育成するための専門機関で、今の「大学」とは異なる教育機関でした。)正確な文献は残っていないのですが、この山岳修行期間は10年ほど続いたようで、この中で真魚は多くの修験者や山岳修行者と親交を持ち、「密教」の存在を知ったのだろうと言われています。のちに「三教指帰」に記したように、この時期、空海は『一人の沙門(しゃもん=出家した修行者のこと)から、密教の修行法である虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう)を授かって室戸岬で修業した』とあります。この修行によって「輝く明星が自分の口の中に飛び込んできた」という神秘体験を得るのですが、この修行法である虚空蔵求聞持法を空海に授けた『一人の沙門』については全く正体が分かっていません。そこが今回の漫画の根幹のネタとなっています。漫画では、鎖門(さもん)という名前の青年が、お爺さんの遺言に従って山伏の格好で「ある巻物」を持って室戸岬に向かいます。そこで出会った青年は「大学を辞めて仏教の修行に励んでいる」と語る青年・佐伯真魚、つまり若き日の空海その人だったのです。実はここで、二人が自己紹介をした際に真魚は「鎖門(さもん)」を「沙門(しゃもん)」と聞き間違えたのでした。それは、音が似ていたということもあるし、彼の格好が山伏スタイルだったため、真魚には見知った「修験者」に見えたという理由もあります。鎖門は別れ際に、持ってきた巻物を渡すのですがここには何と「虚空蔵求聞持法」が記されていたのです。こうして真魚は密教の修行法を理解し、神秘体験を得ることになります。漫画内では見開きで「虚空蔵菩薩」の絵を描くことで空海の神秘体験を表現しています。そして、鎖門が振り返ると、そこには既に真魚の姿はありませんでした。ある一瞬、過去と現在が時空を超えて繋がっており、神秘体験によってそれが閉じたのです。そして空海は後年、この出来事を三教指帰に記しました。「一人の沙門から虚空蔵求聞持法を授かった」と。これがタイトルの【弘法も筆の誤り】というオチなのでした。

Leave A Reply

*
*
* (will not be published.)